漢方におけるガンの認識

漢方におけるガンの認識-漢方ではガンをどのように見ているか

1)ガンと漢方

ガンはどうして発生するのか、大きな問題ですが、基本的には自分自身の遺伝子(DNA)が無制限に増殖するように変化し勝手な行動をとるようになって、身体のあちこちに転移し、 結果的に身体を食いつぶしていくものです。ガンは、細菌やウイルスの様に外からやって来るのではありません。自分自身の言わば、分身なのです。ガンになる人とガンにならない人がいるのは事実です。どのような違いがあるのでしょうか。例えば、タバコを吸う人、焦げた肉や魚を多く食べる人、塩分を過剰に摂取する人、肥満の人、アルコールを多く飲む人、糖尿病の人、身体が冷える人、ストレスが多い人などはガンにかかりやすいことが知られています。食生活や生活習慣は、ガンの発生に大きく関係しているのは、間違いのない事実です。例えば、甘い物を好む人は、ガン細胞に対して成長発育のためにご馳走を与えている様なものです。ガン治療を行う漢方医として、患者さんを診察し詳しく問診をしてみると、実感として納得することができます。実際のガンの患者さんの診察において、まず、患者さんの生活習慣や食生活を明らかにして、ガンになりやすいことをしている場合には、誤りを正して、ガンになりにくい生活習慣、食生活に改めていただきます。その上で、適切な漢方薬を処方し、さらに、現代医学的な治療を選択し進めていくようにします。現代医学的な治療の中身としては、外科治療、抗ガン剤治療、分子標的薬治療、放射線治療、免疫療法(活性化リンパ球療法、樹状細胞療法、ガンペプチドワクチン療法)などが含まれます。漢方を信奉する医療関係者の中には、漢方にこだわり過ぎるあまり、現代医学を否定する意見を持っている方もおられるようですが、この様な考え方は誤りです。漢方治療の考え方を基本に置いて、現在用いることのできるあらゆる治療手段を総動員することが重要です。私のささやかな治療経験においても、漢方をベースにして、放射線治療、抗ガン剤治療、免疫療法などを患者さんに応じて組み合わせる治療を実際に行い、漢方薬プラス現代医学的治療の総動員で良好な結果を得ています。

ガンの漢方治療の原則:
漢方薬+(外科治療、化学療法、放射線療法、免疫療法)


繰り返しますが、ガンの治療に携わる漢方医として、治療原則は、漢方の考えを基本に、外科治療、化学療法、放射線療法、免疫療法を組み合わせるものです。「漢方の考え」とはどのような事を指すのでしょうか。 漢方の治療原則は「虚証は補う、実証には瀉す」です。これは、虚証(体力、体質が弱っている病人)には補う漢方薬を与え、実証(体力、体質ともに強いもの)は、瀉剤(身体にとって余分なものを取る薬剤ことであり、汗を出させたり、便を出させたり、吐かせたりする薬剤)を与えるというものです。 がんは、細胞の遺伝子が異常をきたすことによって、勝手に増え始め、あちこちに転移して一層増殖します。その結果、人の臓器や器官を障害していきます。人の体の中では、毎日がん細胞が発生していると言われています。ほとんどの人は免疫細胞によって、ガンは排除されるので発症しません。ところが一部の人では、免疫細胞の監視の目をくぐり抜けて、大きく増殖するガン細胞も出現します。10年から20年の時間を経てガンは、大きく成長し、早期ガンや進行ガンとなります。ある一定の大きさになるとガンは様々な症状(腫瘍による圧迫症状、出血など)が出現してきます。この時点で、病院を訪れ診察や検査によって、ガンと診断されることになります。検査結果によっては、手術治療が考慮されたり、放射線治療、免疫治療が選択されます。この時点で例えば1月後に手術治療することが決定されます。通常は、手術日まで治療らしい治療は行われません。私は、この診断が決定した時点、治療方針が決定した時に、漢方専門医を尋ねて欲しいと思います。診断確定した時点より、免疫力を高める漢方薬やガン転移を防ぐ効果のある漢方薬を飲んでいただきたいからです。なぜなら、手術日までの期間に、ガンは増殖を続け、場合によっては細かい、目に見えない転移が起きている可能性があるからです。もちろん、漢方的な診断によって、虚証か実証かにより、補う漢方薬を処方するか、瀉剤を投与するかの漢方的な判断をしなければならないこともあります。  私のガン・難病外来には、多くの患者さんが相談のために来院されます。その中で、患者さんの訴えの中で、私が感じるキーワードは標準治療、多発性転移、高齢者ということです。標準治療を終了したのでもうすることがない、多発性転移があるので、もう治療はできないと多くの病院で言われ、たいへんつらい思いをしたということです。そしてこのような状況が多くのガン難民を生み出しているのだと思います。
[コラム]
1804年、世界で初めて全身麻酔による乳ガンの手術を行ったのは、現在の和歌山県の華岡青洲という一人の医師でした。華岡青洲という名前は、有吉佐和子の『華岡青洲の妻』という小説で広く知られていますが、ガン治療に関する世界の歴史の中でも、燦然と輝いている偉大な業績です。これは、1846年ウィリアム・T・G・モートンが、エーテル麻酔手術を行いましたが、それに先立つこと40年以上も前のことです。華岡青洲は漢方医としても一流の医師であり、さまざまな漢方処方を作り上げました。華岡青洲の作った漢方薬は、現在も健康保険でに用いることのできる薬としていくつか残っています。関西の田舎の漢方医が、ガンの外科治療をリードしていたという事実は、現在、平成の時代に漢方医として生きる私にとって、大きな励ましであり、大きな勇気を与えくれます。

2)漢方の考え方とガン

 古代の中国では、現代のガンに相当すると思われる腫瘤は、腸覃(ちょうたん)、石か(せきか)、積聚(しゃくじゅ) 食噎(しょくいつ)、反胃(ほんい)などという言葉で記載されています。これらの腫瘤の原因は、お血、水毒、気滞などであるとされています。漢方医学は今日まで、多くの治療経験の蓄積があり、その基本的な考え方は、気、血、水という概念が基本となっています。ガンを理解するために、気、血、水の病態であるお血、水毒、気滞などについて解説したいと思います。 気、血、水について
<気>形がなくて働きのあるもの。気とは生きるパワー。
<血>血液とほぼ同じ。
<水>血液以外の体液のこと。
 気、血、水について  漢方医学の世界では、病気の成り立ちを説明する概念として、気、血、水という独特の尺度、ものさしを考えて病気の原因を説明しています。気、血、水の三つの言葉は漢方医 学において、病気の原因を考える上で重要なキーワードであり、考え方です。気、血、水というと難解な印象を受けるかもしれませんが、実は身近で分かりやすいものです。昔の 人は、気や血や水が人の体内をめぐっていると考えて、気、血、水の流れが調和が取れていれば、健康と考え、気、血、水の流れが乱れると病気になると考えていました。

(1)、気について
 「今日は、元気がない」「やる気がある。」「気を張る」「気力」などの言葉の中に「気」という言葉が使われます。「気」は目に見えない、形のないものですが、とは言っても、特別難しいことではありません。「気」は、人の生命活動を支えるエネルギーのことを指します。経絡(身体の中と外、五臓六腑や体のツボとツボの間を連絡する道)に沿って体中をめぐっているとされています。気とは生きるパワーと簡単に考えてもよく、「よし、今日は、やってやるぞ」というような活力と言い換えても良いでしょう。  気虚とはこの「生きる活力が少なくなる状態」のことで、元気のない状態です。例えば 、疲れ易い、言葉に力がない、脈にも力がない状態は気虚という病態として理解されます 。気虚の時には、朝鮮人参を主薬とする気を補う四君子湯や補中益気湯などの漢方薬が治療に用いられます。現代医学的には、「生きるエネルギーの低下した病気」としてうつ病、うつ状態も気虚に類似した病気です。  [気虚]気虚の治療にに用いられる四君子湯という漢方処方は、人参、茯苓、白朮、甘草、大棗、生姜の6つの生薬からなり、胃腸が虚して、食欲不振があり、無気力や倦怠感のある人に用います。人参、茯苓、白朮、甘草の4つの生薬が主要なもので、いずれも胃腸の働きを高め、元気を増す作用があります。 [気滞]気滞とは気のめぐりが悪くなった状態です。気が咽のあたりに停滞して、咽が詰まっている感じがすることがあります。また、あぶった肉片が咽につかえている感じとも表現されます。紫蘇葉や厚朴は気のめぐりを改善する作用があり、これらの生薬の配剤された半夏厚朴湯や香蘇散などの漢方薬が治療に用いられます。現代医学的には、うつ病 、神経症やノイローゼ、不眠症などに相当する病態であると言えます。 精神腫瘍学(サイコオンコロジー)という学問が最近、発展してきました。ガンという病気が身体だけでなく、精神に大きな影響を及ぼしているのは、疑いの無い事実です。ガンが患者の心に与える影響について、研究しそれらに対して適切に対処する医学が求められた結果と言えるでしょう。精神腫瘍学では、患者さんが、ガンと診断され告知されると次のような、3つの段階の心理的な反応が起こるとされています。それは、第一段階は、衝撃の段階です。ガンと告知されると頭が真っ白になり、何も考えることができなくなります。第二段階は、苦悩の段階です。不安と抑うつの状態となり不眠などの精神症状が出現します。第三段階は、適応の段階です。ようやく、ガンという現実を受け入れ冷静な対応ができるようになります。この第二段階の苦悩の時期は、漢方で言う「気滞」の状態に相当すると考えられます。この時期には、半夏厚朴湯などの漢方薬が有効な場合があります。
ガンの3つの段階の心理的な反応
第一段階 衝撃の段階-ガンと告知されると頭が真っ白になり、何も考えることができ なくなります。
第二段階 苦悩の段階-不安と抑うつの状態となり不眠などの精神症状が出現します。
第三段階 適応の段階-ようやく、ガンという現実を受け入れ冷静な対応ができるようになります。
 また、患者の精神心理状態と生存率に有意の関係があることを明らかにした研究がランセット(1985)に掲載されています。1985年 ペッテンガーレらは乳ガン患者の心理的反応と生存率についての関連を検討しました。手術後3か月のガンに対する心理反応を4つに分類しています。1、病気と戦う姿勢の群、2、ガンを否認する群、3、あきらめた群、4、絶望的になった群の4つに分けて経過を追跡しました。1の病気と戦う姿勢の群と2のガンを否認する群は、3のあきらめた群や4の絶望的になった群に比較して生存率が良いというデータでした。 つまりガンになっても、絶望したり、あきらめるのではなく、ガンと立ち向かって戦う姿勢を持つことによって、より長く生きることができることが、科学的に証明されたのです。やはり、「気」や「気力」は、ガン患者が、より長く生きるために大切なのです。 ガンと戦う姿勢を持つことにより、長く生きることができる

(2)、血について
 血とは西洋医学的でいう血液とほぼ同じです。血の病態には お血と血虚があります。お血とは、血液の循環障害と類似した病態です。全身を正常にめぐるべき血液が局所にうっ滞して病的な状態になるという概念です。  お血の症状としては、口渇、下腹部痛、肌荒れ、皮膚のしみ、月経異常などがあります。現代医学的には、がんや血管の閉塞性病変である脳梗塞や心筋梗塞はお血の一種と考えられます。また、打撲、外傷、皮下出血、腫瘍、高脂血症、子宮内膜症、子宮筋腫などの疾患がお血に関係があると考えられています。お血を治療する薬は駆お血剤と呼ばれ、当帰芍薬散、桂枝茯苓丸、桃核承気湯などがあります。
 血虚とは、出血や血の生成障害により血が足りなくなった病態であり、めまいや顔面蒼白などの症状があります。四物湯が血虚の治療には用いられます。

(3)、水について
 水とは漢方医学では血液以外の体液のことを言います。水の異常の病態を水毒または痰飲と言います。  水毒は、病的な体液(血液以外の)の偏在によるものです。具体的な病態としては、浮腫、うっ血性心不全、変形性膝関節症、胃下垂、腎炎、胸膜炎などがあります。代表的な処方としては、五苓散や防已黄耆湯、越婢加朮湯があります。もちろん、水毒によって腫瘍が生じることがあります。

[コラム]
ニンジン (人参) Ginseng Radix 〔基原〕ウコギ科のオタネニンジンPanax ginseng C.A.Meyer(Panax schinseng Nees)(Araliaceae)の細根を除いた根又はこれを軽く湯通ししたもの。蒸した後に熱風乾燥し赤褐色になったものを紅参という。
〔効能〕①強壮作用 ②健胃作用
〔解説〕オタネニンジンは北朝鮮や中国東北省原産の多年草です。現在はほとんど栽培品が用いられます。最近では、血糖下降作用があり糖尿病にも用いられます。人参湯、四君子湯、補中益気湯などに配合されます。疲れる、だるい、元気のないという状態を改善する効果があり、大出血、ショックの時に人参一味(独参湯)を大量に煎じて服用すると効果があります。筆者の経験では疲れる、だるいという訴える患者に人参を加味して2週間後に確かに元気になったという経験を持っています。血圧上昇がみられることがあります。ガンによって生ずる食欲不振、貧血などに有効です。ガンに用いる補薬の代表である十全大補湯に含まれています。 〔用量〕2~6gを用いる。

3)補と瀉の基本原則でガンを治療する  漢方治療の原則は、「虚証は補い、実証は瀉する」ということです。

1、虚実について
 漢方の診断には、特別な医療器具は用いません。病人を観て、話を聴いて、脈やお腹を診察して病気を判断します。特別な医療器具なしに病気を診断しますので、病気の程度を判断する「ものさし」が必要です。虚証であるか実証であるかということであります。実証とは体力や病気に対する抵抗力が充実した状態や病邪が盛んな状態を言います。虚証はその反対で体力が落ち込んで病気に対する抵抗力が弱い状態を言います。なぜ、虚実が大切なのかと言うと、治療に直接に関係するからです。虚証と判断したら治療には補剤(体を補う薬)を用います、実証と判断したら、治療には瀉剤(病気を攻撃する薬)を用いるというのが漢方の治療原則です。ここで、補剤というのは、人参や黄耆などを含み体質を丈夫にする効果があります。瀉剤というのは、麻黄の様に発汗させたり、大黄の様に大便を強制的に排出させたりする薬です。虚証の患者に誤って、実証に与えるべき瀉剤を与えると、患者はたいへん苦しみ、重篤な状態になるかもしれません。また、実証の患者に補剤を誤って与えると全く効果がないことがあります。例えば、患者の体力が充実した状態で、病邪が強い時には、発汗させたり、便を出させたりする瀉剤を服用してもらう必要があります。また、手術後や放射線治療後で体力が低下した状態では、身体を丈夫にする補剤で補う必要があります。
漢方治療の原則は、「虚証は補い、実証は瀉する」 虚実の比較

≪虚証≫
抵抗力 弱い
状態  体力が落ち込んで弱い状態
体格  悪い、筋肉薄い
音声  低い、力がない
治療  補剤(体を補う薬)
≪実証≫
抵抗力 強い
状態  体力が充実した状態(病邪が強い)
体格  良い、筋肉厚い
音声  張りがある、力強い
治療  瀉剤(病気を攻撃する薬)

漢方治療の目的は
1)手術後の体力回復と免疫力増強
2)術後腸閉塞の予防、治療
3)抗ガン剤をの副作用を改善
4)放射線治療後の副作用を改善
5)がんを漢方で直接攻撃する

[コラム]
タイソウ (大棗)Zizyphi Fructus
〔基原〕クロウメモドキ科のナツメZizyphus jujuba Miller var. inermis Rehder(Rhamnaceae)又はその他の近縁植物の果実 〔効能〕①強壮作用 ②健胃作用 〔解説〕甘麦大棗湯、桂枝湯、葛根湯などの処方や、急迫症状などを治療する薬方に配合されます。タイソウの主要成分の、オレアノール酸oleanolic acid,ベツリン酸betulinic acid には抗腫瘍効果があります。大棗にはナチュラルキラー細胞の活性を高める作用があります。  〔用量〕3~5gを用います。